変わる蚊との闘い 遺伝子操作で不妊化、ドローンでシリコン散布
蚊を媒介として発生する感染症は多く、ウィルス疾患のデング熱、チクングニア熱、ジカウイルス感染症、黄熱病や原虫疾患のマラリアなどがある。
WHO(世界保健機関)によれば世界の感染症の17%は蚊が媒介しており、毎年70万人以上が亡くなっている。
特にデング熱は気候変動や都市化と移動の増加により急増している。蚊のコントロールは重要な課題だ。2014年には東京の代々木公園や神宮外苑などで160人のデング熱感染が確認されている。
殺虫剤への耐性
WHOは2000年からマラリア対策を進めてきたが、近年は蚊の殺虫剤への耐性が上がっているという。
アフリカ、南北アメリカ、東南アジア、東地中海、西大西洋といったマラリア対策の必要な地域すべてにおいて殺虫剤への耐性が増し、2010年以降68か国で同様の事象が報告されている。しかし、耐性調査が実施されていない国も多い。
耐性調査と対処を進めるとともに、環境に影響を与える殺虫剤以外の対策が必要な状況となっている。
オスの蚊を不妊化
2019年11月、WHOは「数百万匹の不妊化させたオスの蚊を放つ」実験を行うと発表した。
不妊化させたオスを飼育して自然に放つ。オスは野生のメスとつがいになるが子孫は残さないため、蚊の減少につながるという。
この手法はアメリカの農務省が開発したもので、チチュウカイミバエといった農作物の害虫駆除で効果が確認されている。過去60年に渡り世界中で実施されて安全性が確認されている。
国連によると、米国の研究者がこの10年、こうした手法の蚊への適用を研究してきたという。
蚊を減少させる効果は既に確認されており、感染症の媒介を減らす効果を確認する段階にあるが効果の確認には4年はかかるとしている。
蚊が減少しても少数の蚊が感染症を媒介する可能性もあり、人に対する影響も含め長期的な調査が必要なようだ。
しかし既にイタリア、ギリシャ、モーリシャスで実験がはじまっており、米国、フランス、ブラジルも導入を検討している。
意図的に生物の形質を変化させる「導入遺伝子」(transgenes、トランスジーン )は利用しておらず、放射線を照射して突然変異した蚊を飼育している。
ブラジルのフィールド実験は失敗に?
2019年9月には、バイオテックのオキシテック(Oxitec)社が遺伝子操作した蚊を放った実験について、科学雑誌ネイチャーに「予期した結果にはならず」という報告が掲載された。
オキシテックは2013年から15年にかけて、ブラジルで数千万匹の遺伝子操作をしたオスの蚊を放った。オスの蚊は野生のメスとつがいになり、そこで生まれた子は成虫になる前に死亡し、蚊の総数は減ると想定していた。
しかしイェール大学の調査によると、遺伝子操作した蚊と天然の蚊から「混血」の蚊が生まれていた。計画では遺伝子操作した蚊は天然の蚊の遺伝子には混じわらないとしていた。
新たな蚊の人間への影響は未知数である。
蚊の総数も実験当初は減ったものの、途中で増加に転じており、イェール大学教授は「メスが遺伝子操作されたオスを避けたのではないか」と推測している。
一方、この報告についてオキシテックは異議を述べている。
オキシテックからは蚊の減少と蚊の感染症リスクの低下が報告されており、テキサス州とフロリダ州では同社の蚊の導入を検討しているという。
遺伝子操作した生物を自然へ放つことによる影響、混じってしまった遺伝子の影響。自然界では実験室の想定とは異なることが起きる。
ブルキナファソでも遺伝子操作の蚊
9月18日付のロイターによると、ブルキナファソでも数千匹の遺伝子操作された蚊が放たれた。ビル&メリンダ・ゲイツ財団が支援する研究所による実験だ。
ロンドンの実験室では遺伝子ドライブ(gene drive)という方法で11世代に渡り蚊を減少させることに成功している。フィールド実験は初の試みだ。
「ブルキナファソをモルモットにしないで」と実験に反対する活動家もいる。ブルキナファソでは遺伝子操作された綿栽培で品質が低下した苦い経験もある。
タンザニアのドローン散布
遺伝子操作以外の取り組みもある。
タンザニアではマラリア撲滅のため、ドローンでの薬剤散布に取り組む。
散布するのは、毒性の無い生分解性の薬剤アクアタンAMF(Aquatain AMF)だ。蚊への有効性は実証済みで、シリコン状の薬剤を水田に散布すると蚊の幼虫は酸欠になり死亡するという。
この取り組みはオンラインで知り合ったオランダの昆虫学者と社会起業家、ナイロビ大学の教授などが参加するプロジェクトだ。
クラウドファンディングで資金を集め、当初はケニアで実施する予定だったが、ナイロビのテロ事件の影響で、行政からドローンの飛行許可を受けることが難しくなり、タンザニアでの実施となった。
手動散布に比べ、ドローン散布はコストの面でも、散布のにかかる時間の面でも優位があるという。
生物のコントロール
様々な蚊の対策がなされているが、決定打はいまも見つかっていない。
有害生物のコントロールは人間にとって必要な取り組みではあるが、果たしてそれは正しいことだろうか?という疑問も湧いてくる。
保護される野生動物と蚊は何が違うのだろうか。
国際社会では象は保護対象だが、南部アフリカの国々では象を駆除したいと主張する人たちもいる。象が人間に危害を及ぼすことがあるからだ。
人間の利益と被害、倫理と技術の進歩の中で微妙なバランスを取りながら進むしかないのだろう。
参考にした情報
厚生労働省『蚊媒介感染症』
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164483.html
“Insecticide resistance”, World Health Organization, 2019, Feb 19
https://www.who.int/malaria/areas/vector_control/insecticide_resistance/en/
“Mosquito sterilization offers new opportunity to control chikungunya, dengue, and Zika”, World Health Organization, 2019, Nov 14
“UN mosquito sterilization technology set for global testing, in battle against malaria, dengue”, United Nations, 2019, Nov 14
https://news.un.org/en/story/2019/11/1051361
“GM Mosquito Progeny Not Dying in Brazil: Study”, TheScientist, 2019, Sep 17
https://www.the-scientist.com/news-opinion/gm-mosquito-progeny-not-dying-in-brazil–study-66434
“Transgenic mosquitoes pass on genes to native species”, YaleNews, 2019, Sep 10
https://news.yale.edu/2019/09/10/transgenic-mosquitoes-pass-genes-native-species
“Scientists release sterile mosquitoes in Burkina to fight malaria”, Reuters, 2019, Sep 18
”How Do You Fight Malaria In Tanzania? With Drones!”, Forbes, 2019, Nov 11
AQUATAIN AMF™
“We must be allowed to sell ivory, elephants: Southern African nations”, africanews, 2019, Sep 3